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ごあいさつ

 東日本大震災で、国の支援が遅れる中、宮城県・牡鹿(おしか)半島では、半島の地理的なハンデキャップで支援が受けづらい現実に直面。各集落の人口が少なく、また顔の見える支援が可能な事を鑑み、“縁”を結び牡鹿半島の集落を支援することになりました。
 この半島の集落が復興された暁には、東日本の復興がなされたときと信じ仲間を集い、2011 年7 月26 日「牡鹿半島を支援する会」をここに発足。牡鹿半島に“絆”を結び、東日本大震災の復興にむけ、被災地の皆さまと『力をあわせてのり越えていく』所存です。
                     
牡鹿半島を支援する会 会長 豊泉 喜一


発起人: 豊泉喜一、加藤良重、鈴木栄三郎、北澤 明、坂下香澄、
    村田訓男、石見喜三郎、竹内明美、前田芳弘、五天英晴
(2011年7月26日)
お問合せ tachikawamirai@me.com
広報担当 北澤 宛
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私の東日本大震災覚書=其の60(2016.11~20) [私の東日本大震災支援覚書]

 覚書=其の60をお送りします。

 熊本地震の支援を色々考えていますが名案が浮かびません。

ただただ日々の暮らしの安らかならんことを祈るみです。
出来るだけ早く実行に結び付けたいと思っています。
ご教授頂ければ幸いです。

 お願い;そんな訳でわかめのご購入にご協力下さいませ。
      価格は200g入り500円で10ヶ以上
      お買い上げ頂いた方は送料は不要です。


牡鹿半島を支援する会 
事務局長/現地支援担当
  石見喜三郎 

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私の東日本大震災覚書=其の60(2016.11~20)               2016.5.5.

 牡鹿半島通いが600日を過ぎました。始めた当初はこんなに長くなるとは思ってもいませんでした。


 月13日~15日、東京三多摩地区の15名の方々にわかめ収穫ボランティアに来て頂く。作業日の14、15日とも風雨が強く漁師は沖仕事が出来ずボランティアが楽しみにしていた「めかぶのミミ削ぎ作業」(めかぶを茎から削ぐ作業)が出来なく地味な屋内作業をしてもらう。わかめ収穫ボランティアは2012の3、4月から毎年2回行って今回が10回目、多くの人に来て頂いたりコーディネートして延1000人以上に成るが「ミミ削ぎ作業」が出来なかったのは今回が初めて、今回を最後のわかめ収穫ボランティアとしたのに誠に残念。今迄わかめ収穫ボランティアにご協力頂いた皆様には心よりお礼申し上げます。


 今年のわかめの価格は昨年の2倍以上でわかめ養殖の漁師は大喜びです。わかめ収穫期は3月、4月、この二ヶ月で3〜6千万円の水揚げが有るようです。後は住宅の整備が整えばと思いますが其れには未だ未だ日を要するのでは無いでしょうか。一日も早い復興を祈るのみです。其のために我が会は微力ながら支援を続けます。




私の東日本大震災覚書=其の59 (2016.3.9~25) [私の東日本大震災支援覚書]

 東京は桜が散り始めていますが皆さんの所では如何ですか。
覚書59をお送りします。

 住所(番地)が変わりました。
新住所;190-0001 立川市若葉町4-25-1-29-103

牡鹿半島を支援する会
事務局長/現地支援担当
 石見喜三郎

190-0001
 立川市若葉町4-25-1-29-103
 090-9104-0928
 tel/fax 042-537-3238 

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私の東日本大震災覚書=其の59(2016.3.9~25)            2016.4.5

 震災後5年目の3月11日、武蔵野市からわかめの収穫ボランティアに数回来ていている知り合いの朝日記者OBの田沢健次郎氏と女川町の慰霊碑で線香をあげ、復興よ早くあれと祈る。

 私が通っている小渕浜ではわかめの収穫が本格化、40数軒のわかめの養殖漁業者がおり、各業者が15~25人の陣容で収穫作業を毎日、朝の4~5時頃から作業を始めている。この時期、浜の人口は通常の6倍の1,000人位に膨れ上り、活気のある状態が4月末まで続く。3月23日〜25日、東京から30名の方々にわかめの収穫のボランティアに2泊3日で来て頂く。活動に参加頂いた方にはお礼申し上げます。作業日の24、25日とも天候に恵まれ楽しく作業が出来、漁師に喜ばれる。懇親会では参加者の絆が強まりました。穫れたてのわかめ、めかぶ他を頂いて帰る。

 わかめ収穫のボランティアは今回が5年目、9回目に成ります、4月の開催を区切りにわかめ収穫のボランティアは最後にすることにします。これからも今迄の付き合いを生かし夫々で漁師さんと末永く繋がってくれることを願っています。その為のお手伝いは致しますので遠慮無くお申し付けください。




私の東日本大震災覚書=其の58(2016.2.19~25) [私の東日本大震災支援覚書]

 覚書58をお送りいたします。

 三陸では2月末からわかめの収獲が始まっています。
採りたてで美味しい三陸産のわかめを食べて被災者を
元気づける事にご協力ください。

牡鹿半島を支援する会
事務局長/現地支援担当
  石見喜三郎

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 私の東日本大震災覚書=其の58(2016.2.19~25)            2016.3.8

 私が支援活動の拠点にしている石巻市小渕浜は遅れていた復興住宅の整地が進み、予定では8月には土地の引渡しが有りそうですが一、二ヶ月遅れそうだと地元の人は話していました。


 我が会は復興住宅の敷地に桜の植樹を考えています。その下準備に牡鹿総合支所長や地元の区長を訪ね今後の進み具合や地元の人の希望などを話す。地元の植木屋さんとも会いこちらの希望を話す。


 整地が終わり土地の引渡がすみ戸建て住宅、公営住宅(アパート)の建設がすべて終わるのは来年(H29)の春ごろだに成ると思われる。


 実際の植樹を行うのはそれからです。地元の住民(子供を含む)、行政、ボランティアで鹿の被害に負けない植樹をしたいと思います。


 植樹では皆様のお力をお借りすることに成るかも知れませんがその節はご協力の程、宜しくお願い致します。 


 私は明日から小渕浜へ行きわかめ収穫の手伝いをします。旬のわかめの味は格別です。ご希望の方はご一報ください。




私の東日本大震災覚書=其の57(2016.1.12~18) [私の東日本大震災支援覚書]

簡略な覚書57を届けます。

牡鹿半島を支援する会
事務局長/現地支援担当
  石見喜三郎

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私の東日本大震災覚書=其の57(2016.1.12~18)             2016.2.6

  3.11が来ればあの震災から丸5年に成る新しい年が明けました。本年も宜しくお願い致します。


 早速、新年の挨拶をすべく牡鹿半島を訪ねる。私が活動のベースにしている小渕浜は牡蠣剥きが始まっていました。


 1/16は週に三回透析のお婆さんを送迎する日、事も有ろうに朝から小雪がチラついていた。タイヤは昨年の11月にスノータイヤに代えていたが雪の曲がりクネッタ山道の一時間の運転には草臥れました。幸い午後には路面の雪はほとんど消えホッとした次第。


  3、4月はわかめの収穫期、過去4年(8回)実施して来た収穫作業のボランティアを今年を最後に実施しようと思います。


今、決定してることは実施日だけで3月23(水)~25(金)日です。詳細は希望者には追ってメール致します。




私の東日本大震災覚書=其の56 (2015.12.13〜20) [私の東日本大震災支援覚書]

 明けましておめでとうございます。


本年も宜しくお願い致します。



 「覚書56」を送りますお読み頂ければ

光栄です。



牡鹿半島を支援する会

事務局長/現地支援担当

  石見喜三郎 

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私の東日本大震災覚書=其の56
(2015.12.1320)            2016.01,03



 牡鹿半島行きが通算560日に成りました。半島は牡蠣の出荷で大忙し、私は牡蠣剥き作業が出来ないので車での送迎で手伝う。12/1519日の5日間は毎日病院への送迎、特に12/17は仙台の病院まで丸々一日掛けて送迎する。



  病院への送迎の合間に被災者に暮れに食べる餅を配る。過去三回やって来た桃浦、小渕浜の全世帯他(250軒×@2,000)に配るのは止め、数、金額(150,000)を絞り配る。

 出金簿を見ると2011.6からの収入が2,400万円、内寄付金が616万円も有り有難い事と感謝しています。支出が2,100万円、この金を被災地の皆さんに物品、時に寄付金をお渡ししています。収入の柱は被災地産の海産物、特に三陸産のわかめの販売に依るものです。此のわかめの販売による収益金が我が会の支援活動を長く支えてくれています。有難い事です。此れからもわかめの販売は続けていきますのでご支援ください。



 3月11日で震災後丸5年に成ります。今年からは物を揚げる支援から記憶()に残る支援に軸を移し、復興住宅の空き地に桜等の植樹を考えています。金額的には2300万円を予定し、地元の人、子供達と共に綺麗な癒しの桜の園を造りたいと考えています。他に仮設の住人の心の癒しを如何にするかを考えたいと思います。



 復興は未だ道半ば皆様に物心に渡りご協力を頂きたいとお願いする次第です。



 




頌春 2016

頌春

日頃のご無沙汰をお詫びし、本年も幸多かれとお祈りいたします。


2016.元旦



被災地の石巻市・牡鹿半島へ通って昨年12月で通算560日に成ります。乗り掛かった船です此れからも続けます。復興の遅さには腹が立ちますが現地の人が喜ぶことを一つ一つ手伝って行こうと思っています。



石見喜三郎




私の東日本大震災覚書=其の55 (2015.11.10~17) [私の東日本大震災支援覚書]

 立冬(11/8)を過ぎて一ヶ月近くに成りますがお変わりなくお過ごし

でしょうか。異常なくらい温かい初冬です。

 「私の東日本大震災覚書=其の55」をお送りします。

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私の東日本大震災覚書=其の55(2015.11.10~17)        2015.12.3

 11月に入り牡鹿半島の朝晩は寒かろうと思い冬支度をリックに詰めて新幹線に乗ったがその心配は取り越し苦労に終わった。朝晩の冷え込みは東京と変わらず、昨年のこの頃は電気敷毛布を使っていたがその必要も無かった。

 小渕浜は日曜日を除き7:3013:00まで牡蠣剥き作業(殻から実を取り出す)をしている。漁師さんは値が上がら無いと嘆いている。とは言え連年と比べれば大した差は無いようである。

 牡鹿半島の宅地造成は平成27度完成予定が殆んどで、28年度が2ヶ所、29年度が小渕浜他2ヶ所です。小渕浜は遺跡が出た為、遅れている。造成後、家屋の建設が始まるのだから小渕浜の高台移転が全て終わるのは31年に成るのではと思う。我が会は宅地造成後に桜の植樹を1200本計画している。具体的な計画を急がなければ思う。この件で又皆様のご協力を仰ぐことに成ると思いますがその節は宜しくお願い致します。 


 透析のお婆さんを病院に送り、仙台発午後の高速バスで帰宅。








牡鹿半島を支援する会

事務局長/現地支援担当

  石見喜三郎

190-0001

 立川市若葉町1-13-2-29-306

 090-9104-0928

tel/fax 042-537-3238 

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私の東日本大震災覚書=其の54(2015.10.9~16) [私の東日本大震災支援覚書]

私の東日本大震災覚書=其の54(2015.10.916)       2015.10.29


 費用を最小にしようと考え、往復高速バスを使う。費用の合計が4万円位ですんだ。思えば前立腺癌の手術(2013.10)以前は毎回、高速バスを使っていた。此の金額が可能なのは私が活動拠点にしている小渕浜の阿部さん宅にただ同然で泊めて貰っているお陰である。其処のお婆さんを透析のため病院へ送迎するのが私の唯一のボランティアである。


 小渕浜ではカキ剥きが10/6から始っていた。又、同時にわかめの養殖の準備も始まっていた。10月下旬にはわかめの種挟みも始まるそうだ。


 女川のS水産会社の社長から貴重なサンマを4箱貰う。一箱を東京へ送り、残りは小淵浜他へ配って廻る。地元の漁師は「魚は買って食うんものではない」と言いていて今でも物々交換の習慣が残っているが私の見る限りではその習慣も可成り薄れているように見える。


 帰路、仙台で2時間位時間が出来、駅近くのデパートの周りをブラツク。仙台は宮城県の政治経済の中心地で100万人都市、ゆったりとした落着いた街に感じた。四年半牡鹿半島へ通っていて国分町へ呑みに行ったのが一度、今回が二度目の仙台での遊行。


 高速バスが遅れ、1900頃新宿に着く、美味しいラーメンを食べようと思い歌舞伎町の周りをぶらつくが探しあぐねて帰宅。過疎の牡鹿半島、ソコソコの都市の仙台、異常な新宿を見て、我が加齢を痛切に感じると同時にこの異常な現実に怖さを感じた。私だけの怖さに終われば良いのだが。  


私の東日本大震災覚書=其の53(2015.9.15~21) [私の東日本大震災支援覚書]





私の東日本大震災覚書=其の53(2015.9.1521)        

2015.9.30


  9月~11月は私の住む立川市を初め近隣地域ではイベントが多く其処でのわかめの販売や配達で忙しく牡鹿半島の滞在は一週間でした。その為、毎月している透析患者のお婆さんの送迎は二回しか出来ませんでした。


 秋刀魚の漁獲量の減少は新聞やテレビで盛んに報じられていますが女川漁港の秋刀魚の漁獲量も少なく、其のうえ形も小さい。


  今期の本州での初水揚げは大船渡漁港(岩手県)で一ヶ月位前でした。漁業関係者はその当時は其のうちに漁獲量は増えるだろうと考えていたようだが9月の中旬に成っても希望は叶えられていない。女川魚市場のプロの話では昨年も例年よりも少なかつたが今年は其れ以下との事。


 今の秋刀魚が一番美味いのに誠に残念である。嘆いてばかりいては能が有りません。宮城・女川水揚げの秋刀魚を食べたいと思われる方には斡旋致します。



価格は20尾、2,800~3,200円(送料込み、所費税別)。40尾入も有ります。4,800円です。余計な事ですが此れはボランティア活動です。




私の東日本大震災覚書=其の52


















私の東日本大震災覚書=其の52(2015.8.918)           2015.9.4



覚書52次を手短に書きます。



 高速バスで行こうと思ったが学生の夏休みとお盆休みが近いのが重なり切符が取れず新幹線で仙台へ向かう。



 8月に入って68才の男性と女性が大腸癌、膵臓癌で亡くなり二人の仏前で手を合わす。68才の男性は一年前の3月に雇用主に代わり私が石巻日赤病院へ連れて行ったのだが事も有ろうに掛かりつけの医師に余命半年と宣告された人である。



 牡鹿半島へ通って四年半近くに成るが悲喜こもごも色々な事が起こる。此れからも其れを覚悟せねば成らないであろう。



 小渕浜(私の活動の拠点地)では穴子漁が盛んに成り出す。



 私事;/15、9:00、石巻を出て郡山を廻り新潟へ、5時間半かかる。佐渡へ渡り墓参り、85才の姉を見舞う。弟の所で泊まる。翌朝(16)早い船で新潟へ、新発田市の90才の叔母を見舞う。二人とも私で有ることを判ってくれた。従弟宅で泊めてもらう。



 翌朝(17)7:00に従弟宅を出て山形を廻り下道を8時間位かけて石巻へ帰る。この年に成ると高速道路を走るより一般道路を走る方が私には楽である。二日間の走行距離700km位。

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 皆様へ



異常に暑かった夏がヤット峠を過ぎたようですがお変わりあり

ませんか。

覚書52次をお送りします。



お願い;毎々のお願いで心苦しいのですが、復興わかめの

販売が夏バテ状態です。拡販にご協力願います。

500円(200g入)、送料は10袋以上は無料

で何処へでも送ります。



牡鹿半島を支援する会

事務局長/現地支援担当

石見喜三郎

190-0001

立川市若葉町1-13-2-29-306

090-9104-0928

tel/fax 042-537-3238

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