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ごあいさつ

 東日本大震災で、国の支援が遅れる中、宮城県・牡鹿(おしか)半島では、半島の地理的なハンデキャップで支援が受けづらい現実に直面。各集落の人口が少なく、また顔の見える支援が可能な事を鑑み、“縁”を結び牡鹿半島の集落を支援することになりました。
 この半島の集落が復興された暁には、東日本の復興がなされたときと信じ仲間を集い、2011 年7 月26 日「牡鹿半島を支援する会」をここに発足。牡鹿半島に“絆”を結び、東日本大震災の復興にむけ、被災地の皆さまと『力をあわせてのり越えていく』所存です。
                     
牡鹿半島を支援する会 会長 豊泉 喜一


発起人: 豊泉喜一、加藤良重、鈴木栄三郎、北澤 明、坂下香澄、
    村田訓男、石見喜三郎、竹内明美、前田芳弘、五天英晴
(2011年7月26日)
お問合せ tachikawamirai@me.com
広報担当 北澤 宛
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私の東日本大震災覚書=其の54(2015.10.9~16) [私の東日本大震災支援覚書]

私の東日本大震災覚書=其の54(2015.10.916)       2015.10.29


 費用を最小にしようと考え、往復高速バスを使う。費用の合計が4万円位ですんだ。思えば前立腺癌の手術(2013.10)以前は毎回、高速バスを使っていた。此の金額が可能なのは私が活動拠点にしている小渕浜の阿部さん宅にただ同然で泊めて貰っているお陰である。其処のお婆さんを透析のため病院へ送迎するのが私の唯一のボランティアである。


 小渕浜ではカキ剥きが10/6から始っていた。又、同時にわかめの養殖の準備も始まっていた。10月下旬にはわかめの種挟みも始まるそうだ。


 女川のS水産会社の社長から貴重なサンマを4箱貰う。一箱を東京へ送り、残りは小淵浜他へ配って廻る。地元の漁師は「魚は買って食うんものではない」と言いていて今でも物々交換の習慣が残っているが私の見る限りではその習慣も可成り薄れているように見える。


 帰路、仙台2時間位時間が出来、駅近くのデパートの周りをブラツク。仙台は宮城県の政治経済の中心地で100万人都市、ゆったりとした落着いた街に感じた。四年半牡鹿半島へ通っていて国分町へ呑みに行ったのが一度、今回が二度目の仙台での遊行。


 高速バスが遅れ、1900新宿に着く、美味しいラーメンを食べようと思い歌舞伎町の周りをぶらつくが探しあぐねて帰宅。過疎の牡鹿半島、ソコソコの都市の仙台、異常な新宿を見て、我が加齢を痛切に感じると同時にこの異常な現実に怖さを感じた。私だけの怖さに終われば良いのだが。  


私の東日本大震災覚書=其の53(2015.9.15~21) [私の東日本大震災支援覚書]





私の東日本大震災覚書=其の53(2015.9.1521)        

2015.9.30


  9月~11月は私の住む立川市を初め近隣地域ではイベントが多く其処でのわかめの販売や配達で忙しく牡鹿半島の滞在は一週間でした。その為、毎月している透析患者のお婆さんの送迎は二回しか出来ませんでした。


 秋刀魚の漁獲量の減少は新聞テレビで盛んに報じられていますが女川漁港の秋刀魚の漁獲量も少なく、其のうえ形も小さい。


  今期の本州での初水揚げは大船渡漁港(岩手)で一ヶ月位前でした。漁業関係者はその当時は其のうちに漁獲量は増えるだろうと考えていたようだが9月の中旬に成っても希望は叶えられていない。女川魚市場のプロの話では昨年も例年よりも少なかつたが今年は其れ以下との事。


 今の秋刀魚が一番美味いのに誠に残念である。嘆いてばかりいては能が有りません。宮城・女川水揚げの秋刀魚を食べたいと思われる方には斡旋致します。



価格は20尾、2,800~3,200円(送料込み、所費税別)。40尾入も有ります。4,800円です。余計な事ですが此れはボランティア活動です。




私の東日本大震災覚書=其の52


















私の東日本大震災覚書=其の52(2015.8.918)           2015.9.4



覚書52次を手短に書きます。



 高速バスで行こうと思ったが学生の夏休みとお盆休みが近いのが重なり切符が取れず新幹線で仙台へ向かう。



 8月に入って68才の男性と女性が大腸癌、膵臓癌で亡くなり二人の仏前で手を合わす。68才の男性は一年前の3月に雇用主に代わり私が石巻日赤病院へ連れて行ったのだが事も有ろうに掛かりつけの医師に余命半年と宣告された人である。



 牡鹿半島へ通って四年半近くに成るが悲喜こもごも色々な事が起こる。此れからも其れを覚悟せねば成らないであろう。



 小渕浜(私の活動の拠点地)では穴子漁が盛んに成り出す。



 私事;/15、9:00、石巻を出て郡山を廻り新潟へ、5時間半かかる。佐渡へ渡り墓参り、85才の姉を見舞う。弟の所で泊まる。翌朝(16)早い船で新潟へ、新発田市の90才の叔母を見舞う。二人とも私で有ることを判ってくれた。従弟宅で泊めてもらう。



 翌朝(17)7:00に従弟宅を出て山形を廻り下道を8時間位かけて石巻へ帰る。この年に成ると高速道路を走るより一般道路を走る方が私には楽である。二日間の走行距離700km位。

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 皆様へ



異常に暑かった夏がヤット峠を過ぎたようですがお変わりあり

ませんか。

覚書52次をお送りします。



お願い;毎々のお願いで心苦しいのですが、復興わかめの

販売が夏バテ状態です。拡販にご協力願います。

500円(200g入)、送料は10袋以上は無料

で何処へでも送ります。



牡鹿半島を支援する会

事務局長/現地支援担当

石見喜三郎

190-0001

立川市若葉町1-13-2-29-306

090-9104-0928

tel/fax 042-537-3238

http://oshikahanto.blog.so-net.ne.jp/

e-mail ; k6.iwami@agate.plala.or.jp





私の東日本大震災覚書=其の51(2015.7.7~16)


















2015.8.7



 7月7日、10:30新宿仙台行の高速バスに乗る。仙台でバスに乗り換え石巻へ、1800頃着。此処で何時も置いてある車に乗り換え定宿にしている小渕浜の阿部氏宅に1900頃到着。全てバスだとほゞ一日掛かる。新幹線を使うと4時間弱短縮できる。



 翌日は朝から沖へ行きカキの水揚げの写真を撮る。午後からは先に送って置いた和歌山の南高梅の梅干を数十軒の被災者に届けながら近況などを聞く(此れには数日掛かる)。震災後4年4ヶ月経つが大きく変わった所はない。



 一年二ヶ月振りに7/1213、車中一泊で岩手県の田老迄行く。大川小学校;数組の慰問組あり。中に群馬ナンバーの車有り。

南三陸町の防災対策庁舎;大型バス二台、遠方よりあり。



気仙沼魚市場;日曜日にも関わらず一本釣りカツオの水揚げで大賑わい。



陸前高田;奇跡の一本松は相変わらず慰問者多し。コンベア方式の盛り土は大して進んでいないように見えた。



大船渡魚市場;人影無し。(7/12の朝)



釜石、宮古、田老と廻り帰る。総走行キロ数390km



7/16、透析のお婆さんを病院へ送り6,500円節約の為(新幹線との差)高速バスで帰京。



  最後に何時ものお願いを致します。



 お盆で帰省されたり、友人の所へお邪魔する際の手土産に『三陸・牡鹿半島産 わかめ』をお使い頂けませんでしょうか。



 一袋200g500円、10個以上お買い上げ頂ければ送料は当方で負担宅配致します。

牡鹿半島を支援する会

事務局長/現地支援担当

石見喜三郎

190-0001

立川市若葉町1-13-2-29-306

090-9104-0928

tel/fax 042-537-3238

http://oshikahanto.blog.so-net.ne.jp/

e-mail ; k6.iwami@agate.plala.or.jp





私の東日本大震災覚書=其の50(2015.6.3〜9) [私の東日本大震災支援覚書]

皆様へ



 被災地へ通い続けて4年1ヶ月、通算509日に成りました。

覚書は50回に成ります。

暇が有ったら読んで下さい。
わかめも宜しくお願いします。


牡鹿半島を支援する会

事務局長/現地支援担当

  石見喜三郎


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私の東日本大震災覚書=其の50 [私の東日本大震災支援覚書]

皆様へ

被災地へ通い続けて4年1ヶ月、通算509日に成りました。
覚書は50回に成ります。

暇が有ったら読んで下さい。わかめも宜しくお願いします。

牡鹿半島を支援する会
事務局長/現地支援担当
  石見喜三郎 

覚書とお願いごと


2015ワカメ収穫作業ボランティアの募集(バスツアー) [ボランティア募集]

2015ワカメ収穫作業ボランティアの募集(バスツアー)

 弊会は震災の翌年の2012年3,4月から毎年200名位のボランティアの方々に参加頂き派遣先の漁師に喜ばれております。今年も4年目のボランティア派遣を実施しようと思います。お仲間をお誘いの上、出来るだけ多くの方々にご参加して頂きたくお願いする次第です。

           

 派遣先 ;石巻市小渕浜・小渕養殖組合

 実施期間;2015.3.25()3.27(金)

 実施日程; 3/25   7:00     集合/出発多摩信用金庫本店横(JR立川駅北側へ徒歩8分)

                     17:00             到着 女川町を廻り民宿目黒(0225-46-2515)へ、同所泊

      3/26  8:0015:00   わかめ収穫作業の手伝い

                    18:0020:30   懇親会(費用は会で負担します)

              3/27  7:3012:00   わかめ収穫作業の手伝い

                    12:0013:00   漁師と昼食を取りながら懇親後、小渕浜を出発

          21:00       立川到着

募集人数;25名(14名以下の時は延期)

参加費用;19,000

募集締切;3/15

作業内容;何方にでも出来る手作業です。

服装他 ; 現地は東京より5 , 6 寒く、浜での作業です、風を通さない衣服、ネックウォーマー、帽子、ホッカイロ等をお持ち下さい。

      履物は水に強いスニーカー

              軍手、厚手のゴム手袋タオルをお持ちください。

 特記;  26,27日の昼食は派遣先で用意します。

     ②帰る時、わかめとめかぶのお土産を頂けます。  

         ③希望者が多い時は4月に第二回目を実施予定。

 上記のバスツアー以外をご希望の方々へ

  極力複数でのご参加をお願いします。

   参考;① 民宿代は一泊二食6,500(通常7,500-)

         ② 石巻~小測のバス代は1,290-(65)です。

   この機会に是非、体験してみたら如何でしょうか。疑問な点はご一報下さい。       2015.2.1

牡鹿半島を支援する会

会長豊泉喜一

事務局長石見喜三郎

t/f  042-537-3238     携帯  090-9104-0928

メール:k6.iwami@agate.plala.or.jp

以上


私の東日本大震災覚書=其の45(2015.1.12〜21) [私の東日本大震災支援覚書]


   私の東日本大震災覚書=其の45(2015.1.1221)     2015.2.4



 2015年が明けました。年賀のタオルを持って牡鹿半島を新年の挨拶をしながら廻りました。


 今年に入って半島は連日強風が吹き荒れ沖へ出れず7日間位カキ揚げが出来なかったそうで私が行った3日前位(9)からカキ剥きが始まった。

 カキの浜値の話をします。暮れから年明け早々までは100170200円位が1/19に検査の結果ノロウイルスが検出され、加熱しないと食べれなくなり値段が一挙に100g100円を割ってしまい、此れでは赤字だと漁師は嘆いていた。私は1/21東京へ帰ったのですが其の後もノロウイルスが解消されず、今(2/4)もノロウイルスが解消されてないそうです。宮城県のカキは生食用カキです、其の為、保健所のチェックが厳しく、再三検査をしている。其のお陰で我々消費者は安全に生でカキが食べられるのです。

 検査の話が出たので次に女川町の放射能汚染検査と風評被害の事を書きます。宮城県女川町の㈱女川魚市場では昨年の5月から「連続個別非破壊放射能汚染検査システム」(以下検査システムと称す)で各種の魚の放射能汚染の検査をしています。魚の検査は震災後は魚をミール状にして1時間位かけて検査をしていたそうです。此の検査システムは魚を破壊することなくコンベアに乗せて流せば一検体3分位で放射の数値が表示、プリントされます。検査は魚があれば毎日行われている。此の検査の結果、例えば銀鮭の浜値が風評で240~250円に下落していたのが440~450円に3.11前の値段に近くに戻り、売り上げも増えたとのこと。今迄の検査では放射能汚染の魚は出ていないが風評で魚が売れなく、値段も安く漁業関係者は苦労をしていた。福島第一原発の放射能汚染の風評で営業成績が下がったがこの検査システムで全種類の魚の検査が出来るので検査結果が風評を押さえる結果に成りつつあると魚市場の関係者は喜んでいる。結果、我々消費者も安全で生きの良い魚を安心して食べる事が出来る。それにしても福島第一原発の放射能汚染は多くの住民、地域に今も爪跡を大きく深く残している。どうしてくれるんだ東京電力と改めて腹が立つ。

 此の検査システムは4〜5,000万円するそうですが復興庁の予算で東北大学が開発し大学から女川町へ貸与され㈱女川魚市場が使用、管理を任されている。同じ検査システムは石巻市、北茨城市にも設置されているそうです。

 次に、私が活動の拠点にしている小渕浜の里親制度の事を書きます。里親制度とは「何らかの事情により家庭での養育が困難又は受けられなくなった子供等に温かい愛情と正しい理解を持った家庭環境の下での養育を提供する制度です」(厚生労働省)。小渕浜は50年も前からから里子を預かっていて今も数人の里子がいる。震災前はもっといたそうですが震災後は精薄施設へ帰って貰ったそうですが多い時は2030人いたそうです。里子にも色々いて、その中には殆んど喋らず、言われたことはする中年の男もいます。私はこの里子を預っている里親には頭が下がる思いです。大震災の時は自分の家、養殖設備が流され此れから先の見通しが立たない状況に有りながら里子を施設に返さなかったのはなぜか、其れは里親の思いやり、優しさだと思う。震災に会いながらも立派な社会貢献をしているのです。頭が下がる思いです。私は震災の年、半年間位福島から来ている里子(里子歴12年、28)と寝起きを共にしましたが彼は身の廻りの整理をしない事を除けば、言われた仕事をバリバリとこなし里親に喜ばれている。時にトンデモナイことを言う時が有るが今も仲良く付き合っている。


 最後に人工透析のお婆さんの事を書きます。私が泊めてもらている家のお婆さんは80才ですが60才の時から人工透析を始めて20年に成ります。そのお婆さんを火、木、土の週3回送り迎えをしております。透析は4時間位掛かりますのでその間に女川、桃浦等へ廻っています。其のお婆さんから聞いた話、行っている病院は一度に890人透析をしており、装置が空くと直ぐ代わりの人が入るそうです。装置が空くとは亡くなった事なのかは聞いていませんが其処の病院では年間30人位の人が亡くなっているそうです。透析患者には働き盛りの年の人もいてその人達を見ると私は毎回遣る瀬無い思いでお婆さんを連れて病院を後にしています。


以上

 




頌 春

頌 春


新年の挨拶も年代と共に変わります。

私は生きている事だけを伝えることにします。

医者の世話に成らずに生きています。

そんな事で賀状を頂いていた人からの便りが

絶えると「ヒョットシテ」と悪いことを思い浮かべてしまいます。

古希を過ぎた性なんでしょうか。

今年も被災地・牡鹿半島(宮城県石巻市)へ毎月通います。

無事に通いとうせば4月で通算500に達するはずです。


              2015.元旦   石見喜三郎



 




私の東日本大震災覚書=其の44(2014.12.12~18)



私の東日本大震災覚書=其の44(2014.12.1218)   2012.12.31



 平成26年もとうとう残り少なに成りました。1415日、我会の豊泉会長と会員の中野安洋氏と3人で2011の暮れから毎年行っている被災地・小渕浜、桃浦他の皆さん180所帯位に中越地震の震源地産の米、餅と石巻産の野菜をお届けました。野菜は被災地支援に成ればと考え今回は石巻から購入した。


 物資を渡していて思った事ですが、震災の年の暮れと比べれば仮設住いの皆さんにも多少の余裕が見られたが依然、厳しい生活を強いられていることには変わりは無い。私が巡回している牡鹿半島の住宅移転に関してはバラつきが有り、私の知る限り住宅の移転が始まった所は僅かである。私が活動の拠点にしている小渕浜は夏頃から宅地造成工事が始まったが遺跡が出たのでその調査が年度末まで掛かるそうです。次の3.11が来れば震災後丸4年です。宅地造成が終わるのが平成28(2016)度末位ではないでしょうか。其れから家屋の建設が始まって早い人が入居出来るのが平成29(2017)の暮れ、色々あり最後の人が仮設住宅から移転できるのは平成32(2020)東京オリンピックの年位に成るのではないかと心配しています。


 今回、現地を廻っていて、ある人から「石見さん、何時まで牡鹿半島へ来るの」と聞かれました。私は即座に「仮説住宅に住んでいる人が零近くに成るまでは牡鹿半島通いを続けようと思う」と答えました。



 果たして、命がそれまで持ってくれるかどうかは誰にも判らない。特に、私は昨年の10.24に慈恵医大で前立腺癌の手術をしている。治療の方法は手術をしないことを含め4つ有ったが命を一番長らえてくれると思い男の本懐を遂げられなく成る後遺症の残ることを承知で外科治療を選んだ。今も三月に一回検査に通っている。幸い今の所、転移などの予兆は無い。前立腺癌はおとなしい癌だといわれるが今年の4月、小説家で「失楽園」を書いた渡辺淳一さんは前立腺癌で亡くなっている。


 歩は遅いとは言え、仮設住宅からの移転は日ごとは無理でも月ごと、少なくとも半年ごとには変化の兆しが見えると思う。そうなると、我が会の活動も忙しくなる仮設からの移転が始まる前にやっておかなければならないことが私の頭の中にいくつかある。会員と相談するのは勿論、多くの皆様のご意見をお聞きする事に成るかも知れませんのでその節は宜しくお願い致します。


 良いお年をお迎え下さい。又、来年もお付き合い願います。


牡鹿半島を支援する会

事務局長/現地支援担当

石見喜三郎




 



 




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